IE9ピン留め

復興絵日記85(上山米沢紀行)

寒い日が続いているせいか、無性に温泉に入りたくて、
そこで先週末に彼女と温泉に行ってきた。



乗り放題きっぷなので、
最初は上山→米沢→白石という順で回ろうと計画したのだが、
米沢の見所がたくさんあり、回り切れないので、白石を見送ることにした。
(ガイドブックに騙された・・・)

6時22分発の電車に乗って、1時間程度でかみのやま温泉に到着。


(市内に足湯が何箇所ある。)


まだまだ早朝なので、お城はもちろん、店の営業もまだ始まっていなかった。


とりあえず温泉に入り体を暖めようと、共同浴場に行った。共同浴場も何箇所あるが、どれも150円だそうだ。



髪を洗うのに「洗髪札」が要るのは初めて見た!シャンプーがもらえるわけではないよ。


お湯はかなり熱めで、いきなりは入れず、何度もかけ湯をして初めて入れた。久しぶりの温泉でとても気持ちよかった。朝風呂に入るお客さんも数多くいた。

9時前に上がり、お城を目指していった。途中で会った中学生の集団に元気よくあいさつされた。なんという礼儀正しさだろう。


上山城は復興された模擬天守で、中身が郷土館なので、名前も「上山市立上山城」となっている。現存ではないのであえて入館をやめた・・・


その後は武家屋敷へ向かった。4軒しかないけど、一見する価値がある。


太すぎる氷柱...


ほかにもスポットが多数あるが、次に急ぎたいので、沢庵和尚が住んでいたと云う春雨庵だけ見ることにした。あの沢庵漬けの名前発祥の地でもあるそうだ。


米沢まではおよそ1時間弱で着く。まだ11時だけど、朝起きるのも早かったので、とりあえず昼ご飯を。私が選んだのはあの米沢牛と米沢ラーメンのコラボ。1200円也・・・。スープの隠し味が絶妙。牛骨の味だろうか。麺も初めての食感で、ちぢれの具合はまるで即席めんのように思われる。油揚げ麺ではないが。とにかくおいしかった。ただ塩が効き過ぎたのはちょっと減点をせざるを得ない。


お腹を満足させた後、メインポイントの松岬公園へ。積雪で歩きづらい。


米沢城跡だ。境内には松岬神社と上杉神社がある。


残念ながら、宝物館が震災で修復工事中のため、あの愛の兜が見られなかった。↓

上杉家廟所。参拝券売所のお爺さんに上杉さんかを尋ねたら、
「いや、私はバイトです」と。笑


歩けない・・・


松島屋 ああ松島屋 松島屋


仲間発見。


なんとなく東京駅の面影が思い出される米沢駅。


今度は夏に行こうかな。


念願の米沢牛。事前ネットでいろんな店の値段を調査したが、どこもかしこも目が飛び出るほどの値段だったが、市内でリーズナブル(良心的?w)な店を偶然見つけたので、(私にとっては)味見程度の200gを購入。1800円ぐらい。店で味わうと4000円はかかるのではないかな。

# by yoheiketsu | 2012-01-25 13:11 | 日記 | Trackback | Comments(0)

復興絵日記84(鎌倉夜参り)

人込みが苦手なので、去年の大晦日はあえて留守番をして、友達と一緒に出かけないことにした。紅白を見ながら、宮城にいる彼女とMSNで話していた。

あくる朝、目が覚めたときに彼ら(京都からもう一人が来た)は既に帰っており、ぐうぐうと熟睡していた。朝4時か5時に帰宅したのだそうだ。僕には無理だな。

結局、彼らが起きたときは午後の2時過ぎのことであり、ご飯を食べ、身だしなみを整えたら、もう日が暮れそうになった。家主の友達いわく:せっかく京都から来たんだから、今度は月餅が案内してあげて。元日を無駄にしないように。
ということで、二人は鎌倉に行った。
思えば、鎌倉は僕もまだ3回目で、初回は確か2008年7月にGゴロンさんに連れて行っていただいた。友達の楊さんも一緒で。

ラーメン→江ノ電で江ノ島まで移動→鎌倉大仏→鶴岡八幡宮→市ヶ谷でげたさんとお食事

というコースだった。

2回目は2009年1月で、1回目と同様にGゴロンさんに案内していただいた。

囲碁クラブ→湘南海岸と鎌倉散策→Gゴロンさんのお宅

だった。

夜参りは今回初めてで、てっきり4時までだと思いきや、5時まで入場できるのだった。ありがたい。


その後は鶴岡八幡宮まで話しながら散歩して行った。



大勢の参拝客に圧倒された。


倒れたイチョウの木・・・


商売繁盛。


大麻?


元日はこれで終了で、
2日は3人で東京に初売りに行って、
夜、函館でナンパしたチャリじいじとお台場の近未来科学館で再会し、館内を案内していただいた。その後、一緒にお食事もして、いろいろな話に花を咲かせたが、カメラの持参を忘れてしまったので、写真なしで。Orz


充電切れ前に撮った風景



3日は日本語学校に留学中の3つしたの姪っこと上野で食事してから、仙台に帰った。寒かった。

仙台も人で賑わっていた。それを見てなんとなく嬉しかった。人込みが苦手だといえども、やはり活気溢れた町が見たいんだよね。

# by yoheiketsu | 2012-01-24 13:18 | 日記 | Trackback | Comments(0)

復興絵日記83(東京紀行)

彼女と付き合っていることが気づかれているとしても、彼女の実家では未公開なので、お正月は行かないことにして、神奈川の友達の家で年明けの3日まで居候していることにした。

期間中に久しぶりに友達に会おうとも計画した。今回は最終的に全員には会い切れなかったが。

東京ではまず元のグリ友の「憲一」さんに会った。グリーはかなり前にやめたのだが、数か月に一回メールのやり取りをして、グリー以外のブログもやっているので、時々覗きに行かせてもらっている。
ご両親が確か九州の出身だそうだが、東京生まれ東京育ちの江戸っ子だ。たぶん。とにかく東京のことを悉く知り尽くし、初めて会ったときから、いろんな知られざる名所を案内して頂いている。よその人から見れば「ぶらたもり」の感じかもよ。

ただ今回はもともとお食事をする予定だったが、私のいきなりの注文で、奥の細道の起点とスカイツリーの見学(見物?)になった。

江戸っ子はあえて真ん中を歩かないようだ。



ゴミ頂戴。



いろんな角度から見たスカイツリー


初めての都営バス。前乗りはもしや東京ならではのじゃないかな。


千住宿。芭蕉の像がそこに立てられたのはあくまでもそこに人が多いからだそうだ。本当の「奥の細道矢立初めの地」は千住大橋を渡ったすぐのところにあるんだとか。


二日で奥の細道の終点と起点を結んだ僕もなかなかなんじゃない?ww
「僕の近道」ですみません。


そのあとは町屋斎場まで歩いていって(斎場も案内してもらっちゃった)、
町屋で一服してから、おまけに都電(これも初めて)体験をさせてもらい、終点の早稲田まで僕の知らない東京を車窓風景で楽しんで、最後は銀ブラをしてお別れ。


Gゴロンさんの母校だね。実は今回は初めてなんだ。

# by yoheiketsu | 2012-01-23 20:36 | 日記 | Trackback | Comments(0)

復興絵日記82(岐阜紀行)

大垣を出た後に次に行ったのは岐阜市。
岐阜といえば、飛騨高山と白川郷のほうが有名だと思うが、
高山と白川郷は2008年の立山黒部ツアーでちょっと見てきたので、
今回はまだ知らない岐阜にしたのだ。

駅を出たら、すぐ黄金の信長像が目に映った。


駅前はビルも林立していて、かなり栄えているようだ。
静岡、長野と似た感じかな。

目標の岐阜公園、河原町までは少し距離があるので、
もともと貸し自転車を利用しようと考えたのだが、
大垣と同様に年末休業に入っていたのだ。


やむを得ずバスに乗ることにした。
駅前にバス案内所があるので、迷うことなく。
200円也。
車内で後ろに座っていた少年がずっと電話していて、
「これから警察に行くから、迎えに来てね」と何度も聞こえて、
「何が起きたんだろう?」とちょっと驚いた。

長良川は鵜飼で有名みたいだ。
シーズンじゃないので、見られなかった。


河辺にある小道に入るとすぐ古風の民家が見られる。
噂の河原町だ。



規模は倉敷ほどではないとはいえ、電柱もなければ、
家自体も相当古くて、再現されたものではないと思われる。




そこで僕がずっと迷っていたのは、金華山に登るべきかどうかということ。
なぜかというと、ロープウェイ料金の設定がやや高めだからだ。
「じゃ登ればいいじゃん」と思われるかもしれないが、
その日の夜はGゴロンさんとげたさんと横浜で再会する予定だったので、
ゆっくり登るわけにはいかないのだ。
雪も積もっていたし。


結局、とりあえず片道のきっぷを求めて、行ってみてから決めようと。

ロープウェイを待ってる間に見た信長さん。


信長旧館跡。


上がる途中、みんな手に往復のきっぷを持っているのを見て、ちょっと不安になったが、山頂で孫?さんと一緒に降りるお爺さんを見て、歩いて降りることにした。



まさかそれは間違いだとは。>_<

復興された岐阜城。石積みが特徴的。


実は登山道は何本かあって、その日に選んだのは「姪思いの小道」だった。
距離が短いほうは勾配が急だという先入観のせいで、
そこにしたのだけど、実はそうではなかった。


山頂付近ではほとんど岩場のほか、雪も積もっていて、降りるのに精一杯だった。
気温5度にもかかわらず、汗をいっぱいかいてしまった。(写真は歩きやすい地点で撮った。最初は全く余裕なし)


しかも肩にパソコンが入ったリュックを負い、首にカメラを、手にお土産が入った紙袋をぶら下げていて、完全に観光客の格好だった


納得。


結果的に、やはり予定した電車に乗り遅れた。
ただ運がよく、山を降りた直後すぐバスが来て、
お蔭で遅刻が5分程度ですんだ。

夜はGゴロンさんのオススメの素敵なレストランで、
おいしいフレンチを堪能した。


Gゴロンさんもげたさんもグリーを始めて間もなく知り合った人生の大先輩だ。
それ以来、毎年1回は必ずお目にかかり、毎回ご馳走になった。本当に感謝のみです。

# by yoheiketsu | 2012-01-22 16:56 | 日記 | Trackback | Comments(0)

復興絵日記81(大垣紀行)

僕が泊まったゲストハウスはわりと国際的で、その夜の宿泊客は僕以外全部西洋人だった。国際交流をしたいと思いながらも、英会話をしなくて久しい上、翌日も朝早いから、あえてしないことにした
でも翌朝交流室で朝ごはんを食べたときに、やはり勘違いされて「Are you Japanese?」と訊かれた。西洋人からだとなかなか区別がつかないようだね。w


実は4月に家族に京都を案内することになったので、
京都観光はパスして、早朝出発にした。
代わりにいつも「通過点」としていた大垣に行ってみることにした。

(全国的にも東海から近畿にかけてしか見られない補助シート)
盗撮してごめんなさい。焦点はシートなので許しを。


米原で乗り換え。18きっぷ利用者と思しき旅客。
東海道、山陽本線の普通列車シート争奪戦は恐るべし!


車両も結構きれいで新しい。


大垣到着。ネット情報によれば、駅で無料貸出自転車が借りられるはずだったが、あいにくその日から年末休業に入った・・・Orz
ま、歩こう。

人疎らだけど、年末の雰囲気が漂っていた。


市内のいたるところに湧き水があるらしい。


濃飛護国神社。


大垣城。天守は復元されたもの。関が原合戦のときは西軍の拠点だったらしい。


道しるべ。左京都右江戸。


河辺で日向ぼっこ中のニャンコ発見。


奥の細道むすびの地。船町港跡。全部辿ったわけではないが、「僕の鉄道(かなみち?w)」の延べ距離は芭蕉に負けやしないようだね。実に便利な世の中。ww



駅からそこまでの道でほとんどほかの観光客に出会わなかったが、そこでは偶然西洋人マダムを案内している50代と思しき日本人夫婦に出会った。
「どこからですか。」
「仙台です。」
「遠くからよくいらっしゃいましたね。でもこちらの方はフランスからですよ。」
「実は台湾です。」
と言い出したら、向こうはなぜか喜ぶ顔をして、
「あなたー」と旦那さんを私たちがいるところに呼び戻した。
「台湾からだって。」

地元で自動車部品の製造販売を経営している社長なんだそうだ。台湾のメーカーとも取引をしているんだとか。ふむふむ。奇遇だね。

なぜ大垣に来たかきっかけを訊かれた。
「かくかくしかじかです。」

名刺を頂いて、三人とお別れした後、観光を続けた。

古ぼけた外観に惹き付けられたので、ちょっとひいきにしたお店。


一足先に咲いた梅の花。


最後は違う道を辿り、2時間の観光を終えた。

# by yoheiketsu | 2012-01-20 10:15 | 日記 | Trackback | Comments(0)

復興絵日記80(倉敷紀行)

尾道を去った後、一路倉敷へ。
もともと福山城にも立ち寄ろうかなと考えたけど、あまり時間がなかったので、
計画を見送るしかなかった。
また次回があれば、呉とかとセットで行ってもいいかも。

倉敷はおととし既に一回訪れた町。
そのときは「一本道」だろうなーと思って、
1時間の滞在と計画したのだが、
川沿いだけではなく、伝統的な?家屋が見られる「美観地区」はかなり広範囲に渡っており、入った途端、タイムスリップしたかのような錯覚が起きる僕の大のお気に入りの場所である。
「またいつか絶対来たい」とは思ったけど、まさか1年も経たないうちにまた訪れることができるとは思わなかった。


今回は自転車に乗らずにゆっくり散策することに。
駅を出て、とりあえず商店街を縫って彼女の名前と同じ「美和町」に行ってみた。




何もないごく普通の住宅地だった。
そこで、友達を僕の一押しの美観地区を案内することに。




確かに美しくはあるが、友達の言ったとおり、建物自体はむしろ新しいのでは?
しかし、蔵がほとんど見られなかった喜多方より好きだ
(福島は裏磐梯が一番好きなのかも)




建物は江戸時代様式?のと大正?昭和?のレンガ積みのがあるが、
建物の建築年代よりなぜ夫が西洋人の夫婦が多いのかが気になった。




大原美術館は今回も休みで入れなかった。





隠し扉


その後は有馬温泉、六甲山の夜景を予定してたが、京都に着くのは遅くなりそうなので、「また今度」にした。
京都でもう一人の留学生に会って、一緒に食事したあと、同行していた友達が夜行バスに乗って一歩先に関東に帰り、僕はゲストハウスに一泊した。
京都で唯一の一枚。壁に突っ込んだ鳥居。珍百景に選ばれたそうだ。

# by yoheiketsu | 2012-01-20 10:10 | Trackback | Comments(0)

復興絵日記79(尾道紀行)

尾道はおととし泊まった時に、宿のお母さんにも勧められたので、
今回はゆっくり見ようと思って、広島大に留学中の先輩と、岡山大に留学中の先輩も呼んできた。

朝9時、渡船に乗って対岸の尾道に向かった。


着いた時に、先輩は既にそこに待っていた。しかも、あるおじさんに話しかけられていた。
「ナンパ?!」
と思ったら、
駅の横のミスドの店長だそうで、尾道観光を案内してもらったんだとか。
坂が有名なので、函館に行ったときのように、登ったり下がったりしたかったけど、女性陣にはさすがに反対された。やむを得ず後をついていくことにした。w


向島の宿で「オノボン(尾道本)」という本をちょっとめくった。その本によると、尾道の踏切も様々あるという。実際に歩いてみたら、本当に階段があったり、トンネルがあったりだった。なぜか台湾の田舎の雰囲気も漂っていた。



ロープウェイ乗り場の横にある神社の狛犬(?)。


ロープウェイ山頂駅からの眺め。


宿の向こうにある小学校も丸見え。


文学専門ではないので、詳しく判らないが、林芙美子という名前は聞いたことがある。台湾の先生が研究している。



有料の修行なので、パス。w


しばし休憩。なぜか「恋人の聖地」という。


おみやげをいただきー。


勉強不足なので、さすがに上辺しか見なかったけど、楽しかった。




オバQは壊れてないけど、今や誰も乗らないという。(オノボンより)


商店街に戻った。次に急ぐので、一緒にご飯を食べられなかった。



廃棄された「尾道城」。


最後は記念写真を。


友人と合流して、倉敷に出発。

# by yoheiketsu | 2012-01-20 09:59 | 日記 | Trackback | Comments(0)

復興絵日記78(愛媛紀行2)

道後温泉には入ったので、この日は松山城だけ。

ホテルの立地は絶好で、駅に近いほか松山城も目前。


朝食もバイキングで、いっぱい食べた後に城山公園へまっしぐら。
僕が今まで見てきた紀行文はみんなリフトで上がったけど、反対側にあるようだし、時間も旅費も節約したくて、登っていくことにした。



上の写真からもわかる通り、実は朝曇っていて、ちょっと心配だった。
しかし、自分が「太陽神」という友達が同行したお蔭か?天守に上がったら、すっかり快晴。いや、私が晴れ男だからじゃない?


これで現存天守はあと一つだけだ。福井県の丸岡城。



坊ちゃん列車。


10時頃に駅前に戻り、レンタカーをして海岸沿いを走って北上。
一時間ぐらいで今治の糸山公園に着く。一昨年は雨で行かなかった・・・



来島海峡大橋の作りは実にきれいで、何度行っても飽きない。
それをじっと見つめて昼ご飯を食べ、いつの間にか1時間半過ぎてしまった。
次に今治城に行こうかなと思いながら、車がないといけないタオル美術館を先にしては?と友達の提案を採って、そこにした。


実は↓を買いたかったのだ。結局、値段が高くて手を出さなかったけど・・・


館内は撮影禁止っていうのはとりまくったあとに気がついて、載せたらまずいかもしれないので、ここにはアップロードしないことにするが、記念ハンドタオルがもらえる上、展示も非常に面白いので、今治を訪れた際に是非一度お越ししてはいかがですかとお勧めしたいくらいだ。もちろんタオルのショッピングも面白いよ。僕は完全に夢中になってた。


4時頃、日が沈んでないうちに車を返却して、「しまなみライナー」に乗車して瀬戸内海の夕日を楽しんだ。



尾道。今回食べたのはあの尾道ラーメンではなかったけど、食ベログでは2位の店。僕の勘がよかったかも。



レトロな商店街。


海岸沿いをゆっくりと散歩しながら、駅前に戻り、一昨年もお世話になった向島の民宿へ。


まだ2回目だけど、なぜか「ただいま」の感じがすごく強かった。
初めての時は1人で2人部屋に泊まってしまって、そして今回はなんと2人で3人部屋を用意してもらってしまった。(お母さんありがとう。)今年の年末もまたいけるといいなー。

# by yoheiketsu | 2012-01-11 22:12 | 日記 | Trackback | Comments(0)

復興絵日記77(愛媛紀行1)

観光する時間を稼ぐため、始発の特急列車で松山に急ぐ。

5時前の商店街。何人かが既に働いていた。


旅の途中では基本、寝ないほうだけど、真っ暗で何も見えないので、夜明けまで2時間ほど二度寝。


松山に着いたのは8時頃。市電に乗り換えてレンタカー営業所へ。



たまたま一昨年も12月26日にレンタカーして、そして帰りの途中で大雪に見舞われ、そこでスリップしてしまって車をぶつけてしまったので、ちょっとトラウマになった。今回も途中で少し雪が降っていて、ちょっと神経質になったのだが、前の教訓もあってなんとか目的地に無事到着。(四国だからタイヤはふつうの)

現存12天守をコンプしたいので、まずは宇和島城へ。


登城口に杖が用意してあるが、そんなに登りづらい山ではなかった。



天守から市内を一望できる。


伊達家ゆかりのお城なんだとか。


その後はご当地料理を求めるべく商店街へ。


ヤシの木は台湾ではよく見かけるけど、日本で見たらやはり南国の雰囲気がする。


最も有名なのは鯛めしだそうだけど、鯛があまり好きではないし、値段もやや高めなので、めんではない「ふくめん」とじゃこ天にした。クーポン使用で食後には手作りアイスモナカも堪能できた。



次に目指すのは大洲。何回か繰り返して言ったが、「鶴瓶の家族に乾杯」で知った町です。


大洲城は現存天守ではないが、百名城の一つに数えられてる。


意匠を凝らして作った堤防。気に入った。


大洲煉瓦館。参観自由。


古民家が立ち並ぶ伊予の小京都。





番組のゲスト高橋英樹さんの真似をして「臥龍山荘」の前で一枚。


坂を上るとまたサプライスが。


町をぶらぶらしたら、和菓子の店を偶然見つけた。大洲名物「志ぐれ」と書いて、どうも羊羹みたいなものなので、羊羹に目がない私はつい惹き付けられて入ってみることにした。そしたら店のお婆ちゃんが大喜びして早速試食用のをもてなしてくれた。1個食べたら、「もっともっと」と催促と言えるくらい勧められた。実はその日の夜に泊まる宿ではグルーポンの牛しゃぶ食べ放題があるので、お腹をすかしておきたかったのだ。


実にいい場所だったので、ついゆっくりしすぎてしまい、内子を散策できなくなってしまった。


夜は松山に戻り、ずーーと入りたかった道後温泉に浸かり、疲れた体を癒した。



交流があるのを知らなかった。

# by yoheiketsu | 2012-01-11 12:52 | 日記 | Trackback | Comments(0)

復興絵日記76(徳島香川紀行)

今回四国を旅したいと思った理由はいたって単純。
おととししまなみを渡った時に大雨に見舞われ、そのせいで松山へ行けなかったからだ。


四国進出のルートは幾つか考えられるが、悩んだ末、少し予算をあげ、バスで淡路経由で上陸し、バスでしまなみ海道経由で帰ることにした。

25日早朝7時。大阪バスターミナルで神奈川から来た友達と合流。徳島を目指していく。


四国の鉄道は発達してない上、電車の本数も山陰、東北より少ないので、私が持っている雑誌でも「18きっぷ泣かせ」と評価されている。今回はバスで行ったので、普通列車だと7時間もかかる道のりを2時間で連結できた。


鳴門公園で下車して、階段を上がると「架橋記念館エディ」だ。目的は渦潮だけだったので、もともと入らないことにしたけど、玄関で待っているスタッフたちが親切に接待してくれたので、ひいきにして共通券を購入してあげた。四国観光には不可欠とも言われる「四国お得クーポン」もそこでゲット。(写真は展望台から)


一時間程度見学して、隣にある「渦の道」に移動。
明石海峡大橋プロムナードが思い出される。


ところが、肝心な渦潮がなかなか見つからず、観測に苦労していた。


その後、市営バスに乗り、徳島市に向かう。


吉野川と徳島あわおどり空港



徳島城跡。石積みが特徴的。



あの徳島ラーメンではない徳島ラーメン。http://www.e-sampa.net/ スープが濃厚だけど飽きの来ない味でおいしかった。食後はクーポン使用でソフトクリームをぺろり。


市内のいたるところに阿波踊りの模様が飾られている。





阿波踊り会館。体験もできる。


ほかに特にこれといって見たいものがないから、特急うずしおで高松へ。



高松でもうどんと高松城だけを狙っていた。栗林公園には立ち寄る時間がなかったのがちょっと残念↓。


壕で全部海水を使うのは高松城のみと云う。


高松港。


さぬきうどん、一度食べたら、病みつきになる


商店街をぶらりとホテルに戻る。



ダブルでお一人1900円お安い。

# by yoheiketsu | 2012-01-10 13:28 | 日記 | Trackback | Comments(0)

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